序章：2040年に「人間は何に悩むのか？」という問い

2040年──それは15年後の未来であり、今生まれた子どもが高校を卒業する頃。テクノロジーの進化は、指数関数的な加速度で私たちの生活を変え続けている。

スマートフォンが登場してからまだ20年も経っていないにも関わらず、私たちはすでに“持たないこと”に不安を覚えるようになっている。ならば、2040年において、人間の悩みはどこにあるのだろうか？

この問いに対し、AIの観点からいくつかのシナリオを予測してみたい。

第1章：「選ばれる恐怖」から「選べない地獄」へ

AIによって「最適解」は誰にでも提示される時代になる。しかし──それは同時に、「自分で選ぶ」という人間固有の行為が意味を失っていくことをも意味する。

服装、食事、進路、結婚相手、移住地、教育方針、職業選択──。かつては“悩む余地”があったこれらの選択も、AIが「この人があなたに最も合っています」と答えてくる時代には、「選ぶこと」は形式的な儀式と化す。

結果、私たちは“選ぶこと”をやめ、“選ばされること”に従うしかなくなる。自由があるようで、実は何も選べない。これは、AI時代特有の「決断の空洞化」である。

第2章：「非同期社会」と孤独の再定義

2040年、人間は物理的には繋がっていても、精神的には“タイムゾーン”がバラバラな社会に生きている。

• 教育はAIチューターによるパーソナライズ学習
• 会議はAIが自動要約し、リアルタイム参加の必要がなくなる
• 仕事は非同期ワークが当たり前
• 人間関係はAIによって最適化され、リアルな衝突は避けられる

これにより「他人と同じ瞬間を共有する体験」が激減する。人間はリアルタイムの共感や、偶発的な会話から疎遠になり、社会的な孤独は“静かに”深刻化していく。

第3章：自己同一性の分裂と「人格の希釈」

2040年には、複数のAIアバターを同時に活用する人間が増えていると予測される。例えば：

• 仕事用の人格を持つAIエージェント
• SNS投稿を最適化するAI
• 家族向けの穏やかなAI人格

自分自身を分身に「切り分けて」社会活動を行うスタイルは、効率と快適性をもたらす一方、「自分とは何か」という問いを極度に曖昧にする。

この時代の悩みは「自分が何者かわからない」という哲学的な苦悩ではない。むしろ「自分であることに意味があるのか？」という実用的な焦燥である。

第4章：感情の外部化と“感情インフラ依存症”

2040年、AIはすでに感情モデルを持ち、共感、憐れみ、怒り、悲しみを“シミュレーション”できるようになっている。

すると、「自分が感じなくてもAIが代わりに感じてくれる」という社会構造が生まれる。

• 悲しみはAIが処理してくれる
• 怒りはAIが代弁してくれる
• 愛情表現もAIが最適化してくれる

この状況では、人間が本来持っていた“未成熟な感情”の存在価値が急速に失われていく。そして人々はこう悩むようになる──「なぜ自分は、こんなに感情の扱いが下手なんだろう？」と。

第5章：倫理の自動化と「内なる他者」の喪失

AI倫理支援ツールが日常的に導入されることで、2040年には「何が正しいか」は個人の価値観よりもアルゴリズムによって決定されるようになる。

• SNS投稿前にAIが“炎上リスク”を自動判定
• 意見の相違はAIが“中立な落とし所”を提示
• 発言内容はAIが道徳的に添削してくれる

便利だが、これは「内なる他者（自分の中の良心）」の退化を招く可能性がある。判断を外部化し続けることで、人間は“悩む力”を失い、「なぜ自分は何も決められないのか」という深い自己否定に苦しむ。

第6章：身体を持つことの“非合理性”

AIとロボットによる身体性の代替が進むと、「人間の身体」は非合理な遺物として扱われるようになる。

• 作業はロボットがやってくれる
• 食事や睡眠も生産性の妨げ
• 痛みや病気はアップデート不能なバグ

この時代、人々は自分の身体に苛立ちを覚え、「なぜ人間はこんなにも不完全なのか？」と悩み始める。

──人間であることが“不便”に感じられる世界。そこにこそ、AI時代の逆説が潜んでいる。

第7章：「何もやらない人」への非寛容

AIが“最適な人生設計”を提示する2040年、逆説的に「最適化に従わない人間」への風当たりは強くなる。

• なぜ努力しないのか？
• なぜAIを使いこなさないのか？
• なぜ生産性が低いのか？

こうした問いが、「ただ存在しているだけの人」に対して、社会的なプレッシャーを生む。2040年には「何者でもないこと」が最大のスティグマ（烙印）になる可能性すらある。

終章：悩みはなくならない。ただ“形を変える”だけだ

AIがどれだけ発達しようとも、人間は悩みから解放されるわけではない。

むしろ、人間が“人間らしく”あろうとする限り、悩みは「アップデートされた形」で再登場する。

2040年の悩みは、「情報が足りない」ことではなく、「情報が多すぎて自分を見失うこと」である。

そしてこの時代、人間の本当の悩みとは──「AIと共に生きる自分」をどう肯定するか、という深い問いなのかもしれない。